物語を語ってもらう仕事
「医療現場におけるチャプレンは、投薬や手術などの治療をするわけでもなく、ソーシャルワーカーのように社会福祉サービスなどにつなぐわけでもありません。ただ、一人の人間として関わり、その方の世界の物語をお聴きする。そして、『こういう想いをお持ちなんですね。そしてこういう決断をされたんですね。確かにうかがいましたよ』と、患者さんご自身が選択するときの"証人"になること、それがチャプレンの役割だと思っています」と、伊藤さんは語る。

患者さんの話を聴きながら、「どうしてそう考えるのか」理解できないこともある。たとえば「もう生きていてもしょうがない」などという想い。でも、「『そんな風に考えちゃダメですよ』と諭したり、私が代わりに判断することはありません」と、伊藤さんは言う。その代わり、「なぜ、そう思うのですか?」と、質問で返してみる。患者さんは、自分の言葉の意味を語るうちに、自分の実感と言葉とのずれを感じたりする。さらに説明してもらうと、患者さんにとっても伊藤さんにとっても新しい問題への理解が開けることが多いのだという。
「どんな患者さんにもその人の文脈があり、その中で一生懸命生きていらっしゃるのですから、私が外から『右だよ、左だよ』と言っても意味がないのです」
「医療では、診断して病名をつけて、治療をしていくのが基本です。でも、そうした"診断型"の会話では、データにならない情報はこぼれてしまいます。私たちは、物語として患者さんの語りを聴き、味わい、会話をする。そうすると、患者さんは、分析の対象としてではなく「個」として聴いてもらう経験が得られると思うのです。こうした"人文学的"なアプローチを提供する人が、これまでの病院にはいなかったのです」