求められるのは「個性的な」傾聴
そもそもなぜ、伊藤さんはチャプレンになったのか。答えは、「牧師を育てる過程に興味を持ったから」とのこと。「自分自身が牧師になるつもりは、まったくありませんでした」と笑う。
両親はクリスチャンだったが、二十歳になるまで自ら教会に行ったことはなかった。進学したのがキリスト教系の大学だったこともあり、大学生のときに初めて自ら教会に足を踏み入れた。
「教会に行ったら、両親の結婚式をした牧師さんがまだいらっしゃって、『息子です』と名乗ると、『お帰り』と言ってくれたんです。それを機に、面白いところだな、と教会にかかわるようになりました」
そうは言っても、当時専攻していたのはイギリス経済史。大学院に進みイギリスに留学もして、帰国後、大学で教員として働いていたところ、所属教派から「アメリカの神学校に行かないか」との誘いがあった。牧師になるつもりはなかった伊藤さんは、「牧師にはなりませんが、牧師の教育課程には興味があります」と言って、アメリカの神学校に通うことになった。
「神学校では、1年目の夏に病院実習があります。『大変な状況にいる人たちと、どうかかわるのか』というトレーニングを受けなければ宗教家にはなれないというのが、アメリカのルール。神学生の間では病院で行われるこの実習が一番つらいと言われているのですが、私にとっては興味深いものでした。」

実は、伊藤さんは大学院時代から10年ほど、「いのちの電話」の相談員をしていた。そのトレーニングと、病院でのトレーニングは同じ教育理念のプログラムだった。 「人は、自分の話を"個"として聴いてもらっていると思えると、次の一歩に踏み出すことができるのです。トレーニングでは、分析する対象として相手の話を聴くのではなく、『私という個人が、その方との関わりの中で、どう話を聴くのか』をとことん鍛えられます。よく『積極的な傾聴』と言われますが、求められるのは『個性的な傾聴』。自分自身の感性を磨いて相手と向き合うトレーニングに、すっかり魅せられました」 結果、通常は3年間の神学校卒業後に1年かけて1600時間の病院実習を行いチャプレンの資格を取るところを、神学校在学中に規定の実習を済ませ、卒業時にはチャプレン任用の基礎資格も得た。