CAR-T細胞療法は、がんに対する最初の「生きた薬」 の1つであり、患者さんの免疫細胞を再プログラムして病気と闘うのを助けるものです。
科学者と医師は、特定のタイプの進行性B細胞血液がんを治療するため、これまでの治療法とは全く異なる新しい最先端のツールを手に入れました。
科学者と医師は、特定のタイプの進行性B細胞血液がんを治療するため、これまでの治療法とは全く異なる新しい最先端のツールを手に入れました。
キメラ抗原受容体T(CAR-T)細胞療法は、患者さんのT細胞(感染や病気から体を守る白血球)を採取、再プログラムし、がん細胞を検出・破壊できる個別化された1回限りの治療法です。
大勢の患者さんに一律に投与され、長期間の投与が必要な従来の多くのがん治療法から、大きな進歩を遂げています。
ノバルティスは、ペンシルベニア大学と共同で、特定の種類の進行性B細胞性血液がんに対して現在米国食品医薬品局から承認されている2種類のCAR-T細胞療法のうち、最初のものを商品化しました。
ペンシルベニア大学の細胞療法及び生物製剤製造の専門家の1人であるDr. Bruce Levineは次のように述べています。「治療不能ながんに有効となりえる治療法であることは分かっていました。世界的な腫瘍学の専門知識と、臨床および規制上の専門知識を有する企業とともに、可能な限り迅速に治療法を開発することが、最も倫理的な道であると考えました。ノバルティスとの提携により、患者さんのために初めて承認されることになるCAR-T細胞療法を開発することに成功しました」
CAR-T細胞療法を受けた一人の患者さんの歩みをたどることで、この革新的で個別化された治療法の各ステップにおいて、科学者と医療従事者がどのように新しいアプローチを開拓し、世界中のより多くの患者さんにCAR-Tを届けることを目標としているのかを知ることができます。
CAR-Tの歩みの始まり
B細胞性の血液がんであった患者さんは、複数回の化学療法と幹細胞移植を受けたものの、奏功しませんでした。移植後間もなく、患者さんのがんが再発して肺に転移し、ステージ4、つまり進行がんであることが医師によって発見されました。
「何人かの臨床看護師が私の妻に、これまでです、余命は約3~6か月です、と話していました」 と患者さんは語ります。「身辺整理をするように、と言われました」
それでも、主治医はあきらめないよう励まし、CAR-T細胞療法について患者さんに伝えました。
「それは治癒の可能性のあるプランですか?」と、患者さんはケアチームに尋ねました。「治癒の可能性があるなら、それにすべてを賭けます!」
CAR-T細胞療法は、病気の進行を止める可能性があります。また、長期追跡調査データはまだ得られていませんが、CAR-T細胞療法は「生きた薬」 、つまり、もし治療が成功すれば、患者さんは寛解に至り、細胞は病気と戦い続け、患者さんはがんではない状態を維持できます。
T細胞から生きた薬を作り出す
患者さんはケアチームと相談した後、CAR-T細胞療法を試してみると決心しました。主治医は認定治療センターを紹介し、そこには、細胞の採取や注入、治療中や治療後のケアなどの専門的な訓練を受けたチームがいました。
そこで、この患者さんのT細胞は、白血球除去療法と呼ばれるプロセスを通じて採取されました。オレゴン健康科学大学の医学部教授であり、血液がんを専門とする血液学者であるDr.Richard Maziarzは次のように述べています。「これは低リスクの処置です。赤十字社で血小板を提供するのと同様に、遠心機を通じて血液が遠心分離され、パーツに分けられます。しかし、この場合、私たちは白血球を採取しているのです」
CAR-Tによるがん細胞の同定と破壊の仕組み
ステップ1
T細胞は病気と闘う上で中心的な役割を果たしますが、がん細胞を認識するためには手助けを必要としています。
ステップ2
認定施設で患者さんから血液を採取し、分離してT細胞を含む白血球を採取します(白血球除去療法)。その後、これらの細胞は再プログラミングのために製造施設に送られます。
ステップ3
患者さんのT細胞は、がん細胞を含む一部の細胞上の特定のマーカーを認識するよう遺伝子改変されます。
ステップ4
再プログラムされた細胞、CAR-T細胞となり、増殖され、厳しい品質検査を受けた後、認定施設に出荷されます。
ステップ5
患者さんが改変された細胞を受け取ると、この細胞は、がん細胞や健康な細胞のマーカーを特定し始め、それらに付着して細胞死を引き起こします。
患者の細胞の保護
採取後の患者さんのT細胞は再プログラミングのために送られましたが、後に受けるCAR-T細胞療法が患者自身の細胞から製造されたものであることを保証するため、患者さんに固有のIDとバーコードがラベル表示されるまで送付は行われませんでした。ノバルティスは、プロセスに関与するすべての利害関係者が、患者さんごとに固有の明確に表示されたラベルをスキャンすることにより患者さんの同一性を継続的に検証する、綿密な「アイデンティティ・チェーン・システム」を確立しています。
「CAR-T細胞の製造は、患者さんに始まり患者さんに終わる、高度に洗練された循環プロセスであるため、アイデンティティ・チェーンが極めて重要であり、私たちの最優先事項のひとつです」 と、ノバルティス戦略・プロジェクトマネジメント、細胞・遺伝子製造グローバルヘッドであるJonathan Smithは述べています。
T細胞の再プログラミング
患者さんのT細胞がCAR-Tの製造施設に到着すると、科学者チームが不活性ウイルスを用いて、がん細胞と正常なB細胞の両方に存在する抗原をハンティングするように再プログラミングしました。次に、CAR-T細胞を培養して大量に増殖させ、再び患者さんに注入できるようにしました。
ノバルティスの製造拠点は、CAR-T細胞療法の生産に真摯に取り組んでいます。ノバルティスは、製造施設を世界的に拡大し、より多くの患者さんがCAR-Tを利用できるようにしています。「こうした患者さんの多くにとって、これが最後の治療の線となる可能性があるため、時間は極めて重要です」 とSmithは述べています。「世界の各地域の患者さんに近ければ近いほど、患者さんが必要とする治療をより早く提供できるようになります」
CAR-T患者さんは迅速な治療を必要とするため、細胞生産プロセスはスピードと精度が重要です。その結果、患者さんによっては、T細胞の再プログラミングが行われている間、ブリッジング化学療法と呼ばれる治療を受けることになります。「CAR-T細胞療法の注入を待つ間、がんを制御状態に維持することが目的です」 とDr. Maziarzは述べています。
CAR-T細胞の注入
患者さんの再プログラミングされた細胞が認定治療施設に運ばれ、血流に戻される前に、患者さんはリンパ球枯渇化学療法として知られる低用量化学療法のコースを受けました。Dr. Maziarzは次のように述べています。「患者さんの免疫系を抑制することが目的です。これにより、CAR-T細胞は急速に増殖し、がんに対して活性化する余地が得られます」
「注入処置は驚くほど迅速かつ容易でした」 と患者さんは述べています。CAR-T注入後、医師はすべての患者さんに重篤な副作用がないか注意深く観察します。
「こうした患者さんの多くにとって、これが最後の治療の線となる可能性があるため、時間は極めて重要です」
Jonathan Smith、ノバルティス戦略・プロジェクトマネジメント、細胞・遺伝子製造グローバルヘッド
CAR-T注入後の副作用に注意する
CAR-T注入後、患者さんは、潜在的な副作用をモニタリングするため1週間入院しました。
CAR-Tは、化学療法や骨髄移植よりも我慢しやすいという患者さんもいますが、治療には独自のリスクがあり、中には重篤で生命を脅かすものもあります。「軽度のインフルエンザ様症状から集中治療室での支持を必要とする重度の症状まで、様々な副作用がみられます」 と、フィラデルフィア小児病院 細胞治療・移植プログラム臨床看護師であるColleen Callahanは述べています。
CAR-T細胞療法で最も一般的な副作用は、サイトカイン放出症候群(CRS)と神経毒性と呼ばれる症状で、いずれも場合によっては死に至る可能性があります。どちらも、CAR-T細胞ががんを急速に攻撃するために体内で生じる炎症反応に起因します。
サイトカイン放出症候群は発熱、低血圧などの症状を引き起こし、神経毒性はせん妄や発作を引き起こす可能性があります。重篤な副作用を迅速に診断し、適切に管理するため、医師はCAR-T患者さんを綿密にモニタリングします。
「症状をモニタリングし早期に治療すれば、副作用を軽減できることが分かりました」 と、CAR-Tの早期臨床試験に携わった、オレゴン健康科学大学小児科・内科腫瘍学教授であるDr. Eneida R. Nemecekは述べています。「CAR-Tの治療反応に影響を及ぼすことなく副作用を軽減するために使用できる、様々な抗炎症薬があります」
モニタリング、回復及び長期追跡調査
患者さんは処置の1ヵ月後と3ヵ月後に検診のため医師の診察を受けました。その後も3ヵ月ごとに医師の診察を継続し、がんに対するCAR-Tの効果を効果を測定しました。
看護師のCallahanは次のように述べています。「治療から数ヵ月後に再度診察に来院された患者さんやそのご家族の姿を見ると、とても嬉しく思います。多くの場合、患者さん学校に戻ったり、友人と遊んだり、普通の生活を送っているのです」
CAR-Tの初期の反応の多くは有望である、と医師は述べています。「多くの患者さんが30日目までに完全寛解に至るのを見ました」 と Dr. Maziarzは述べています。「60日目でもまだ病気が残っている人を見たこともあります。しかし、90日目又は120日目までには消失し始めます。
理論的な可能性としては、この1回の投与でCAR-T細胞は生存し続け、患者さんの中で増殖し続け、何年にもわたってがんを狙い続けます」
CAR-Tの未来とがん治療の新時代
CAR-Tは、従来の治療法と比較して個別化された細胞ベースのアプローチであるため、研究者は、それをどのように改善し、どのように影響を拡大できるかを研究し続けています。将来的には、血液がんの早期治療や、固形がんなどの他のがん種にもCAR-Tを応用していきたいと考えています。
すべてのがん治療と同様に、すべての患者さんがCAR-T細胞療法に反応するわけではなく、また最初は反応があっても、時間が経つと再発する患者さんもいます。そのため、ノバルティスの科学者たちは、がんの再発や、なぜ患者さんがCAR-Tに反応したりしなかったりするのかについて理解を深めるための臨床研究を進めています。科学者たちは、この研究をノバルティスの治療法に統合し、継続的に改善したいと考えています。
しかし科学者たちは、CAR-Tを受けるために何ヵ月も待つことができない多くのがん患者にとって時間との戦いであることを痛感しています。そのため、ノバルティスはCAR-Tの製造プロセスを増強、更新し、製造施設を拡大し、より多くの患者さんが救命の可能性のある治療を迅速に受けられるよう取り組んでいます。
ノバルティス生物医学研究所の責任者である Dr. Jay Bradnerは次のように述べています。「ノバルティスの科学チームは、CAR-T療法の革新的なアプローチを特定し、推進することに全力を尽くしています。我々は最初の試験から耐性及び再発の特定の促進因子について多くのことを学び、この知識を次世代技術や標的、併用戦略に応用して、患者さんに革新的な治療選択肢を提供できるようにしています」 。
「治療から数ヵ月後に再度診察に来院された患者さんやそのご家族の姿を見ると、とても嬉しく思います」
フィラデルフィア小児病院 細胞治療・移植プログラム臨床看護師