ゲノム編集分野に対する関心は、技術の進歩と米国における初の遺伝子治療の承認によって高まり続けています。この画期的な最先端科学における最新の成果は、ヒト細胞のDNAを上書きする能力を持つ、アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus:AAV)と呼ばれる直径20nm*ほどの小さなウイルスの利用です。ノバルティスバイオメディカル研究所(NIBR)で新たなツールと技術開発を推進するディレクターのクレイグ・ミッカニン(Craig Mickanin)は次のように述べています。「AAVの生物学は基礎研究の中で最も注目されている分野の1つであり、私たちは新たな共同研究を通じて、その治療への応用の可能性を探ることを計画しています」
ノバルティスはAAVプラットフォームの独占ライセンスを有するバイオテクノロジー企業のホモロジー・メディシンズ社(Homology Medicines)と共同で、血液疾患や特定の眼疾患の治療のために、この技術を応用し最適化を行っていきます。この共同研究の期間中、これらの疾患を専門とするNIBRの生物学者は、ホモロジー・メディシンズ社の研究者と協力しながら、AAVの臨床応用に向けて、各疾患のプロジェクトを推進しています。
ノバルティスとホモロジー・メディシンズ社は、この共同研究について2017年11月3日に発表しました。加えてノバルティスは、ホモロジー・メディシンズ社への出資も行っています。
この共同研究には、NIBRのイニシアチブを加速させる狙いがあります。それは細胞の遺伝子再構成という共通点を持つ、さまざまなプロジェクトを推進している研究者たちと協働することであり、ホモロジー・メディシンズ社のAAV技術は、NIBRの研究に役に立つ可能性があるのです。
イニシアチブを主導するNIBRのエグゼクティブディレクターのスーザン・スティーヴンソン(Susan Stevenson)は「この協力関係によって遺伝子細胞治療のイニシアチブが前進することを願っています」と述べています。
AAVの強み
AAVには、珍しい重要な特徴があります。それは大きなウイルスとは対照的に、病気を引き起こす可能性が低いとみられることです。
この元来備わっている安全面の特性のため、AAVはゲノム編集において魅力的なツールとなるのです。この病原性を持たないウイルスは、特定の遺伝子配列を運搬するよう操作し、ゲノムの標的部位に誘導するようプログラムすることが可能です。AAVは標的部位に到達すると、相同組み換えと呼ばれるプロセスを作動させます。相同組み換えは遺伝子の特定の部分を上書きしたり、または遺伝子全体を置き換えたりします。このような方法でAAVを遺伝子欠陥の修正に利用することができます。
特定の状況下では、AAVは相同組み換えを起こすことから、クリスパー(CRISPR)のようなほかのゲノム編集ツールより優れているといえるかもしれません。
クリスパーはAAVと異なり、分子のはさみでDNA二本鎖を切断します。この切断は2つの経路のいずれかで修復可能です。比較的主流の非相同末端結合と呼ばれる修復メカニズムは、短いDNA配列を挿入または欠失させることになり、概して元の遺伝子を破壊します。結果として、クリスパーでは遺伝子を破壊するのは比較的容易ですが、遺伝子異常を修復するのは難しいのです。
この分野の専門家であるミッカニンは「プロジェクトごとに適切なツールを選択することを目指しています。それは状況に応じて、遺伝子を無力化するのではなく、AAVを使い遺伝子異常を修復していくことを意味しています」と話しています。
血液と目の疾患で試す
ホモロジー・メディシンズ社との共同研究には、3つの優先事項があります。
1つ目のテーマは血液疾患です。共同研究チームは、欠陥遺伝子を有する患者さんの血流に直接注入し、疾患を根治することができる単一のAAVを設計したいと考えています。遺伝子細胞治療を専門とするスティーヴンソンは「これらのAAVが血流に直接注入しても十分安全かどうか、そしてそれを使って欠陥遺伝子を完全に修復することができるかどうかを解明していきたい」と話します。
2つ目のテーマは眼疾患です。目には遺伝子編集治療薬を局所的に投与することが可能であるため、こうした治療を試験するのに適しています。例えば遺伝子編集治療薬を網膜下に直接注入した場合、治療薬が全身の循環に入ることはなく、目以外の組織には影響を及ぼさないだろうと研究者たちは考えています。「目に対する治療とその効果を直接観察できることは、遺伝子編集の有効性
を評価し、眼疾患の患者さんを救う重要な機会です」と、NIBRの眼科グループのグローバルヘッドシンシア・グロスクルーツ(Cynthia Grosskreutz)は説明します。
最後の3つ目のテーマは探索的研究です。NIBRのすべての研究者たちが、ホモロジー・メディシンズ社のAAV技術が応用可能なプロジェクトを立案できるようになります。ホモロジー・メディシンズ社のウイルスをさまざまな細胞型とモデルシステムを使って実験し、治療への応用の新しい機会を模索していきます。
ミッカニンは「この技術は、多くの疾患に幅広く応用できる可能性があります。ホモロジー・メディシンズ社の研究チームと協力して、その可能性を探ることができることをうれしく思います」と話しています。