近視の謎を調査する

バーゼル(スイス)の2人の科学者が、近視患者が増え続けている謎の解明に取り組んでいます。

Oct 29, 2020

ヴァネッサ・ルンとローマン・シュミットの夫妻は長距離ハイキングが大好き。スイスのバーゼル大学で物理学者として働く2人は、この時間を会話やリラックスの時間にあてています。

2年程前、ハイキングをしながら2人で話している時、近眼(近視)が急増しており、2020年には世界の3人に1人が近視になる恐れがある、という話題がでました。自らも近視の2人は、その原因を究明し、増え続ける近視を抑制する新たな手段はないかと考え始めました。

世界的な問題

2015年初頭には、既にこの問題について警鐘が鳴らされていました。学術誌『ネイチャー』に、「近視急増」の影響を受ける若者が、特に東南アジアで増えているという記事が掲載されたのです。

第二次大戦後、近視の中国人はわずか10~20%でしたが、新たな研究では中国の若者の90%近くが近眼の可能性があるとしています。隣国の韓国では19歳の若者のうち96%が近眼という研究結果が出ています。

アジア以外でも状況は同様に悪く、米国の国立眼病研究所によると、過去40年間で近視の有病率は50%近くにまで上昇しています。欧州においても同様の状況が進行しつつあります。

原因はなにか

なぜこのような現象が発生しているのかは、依然として解明されていません。研究者の間では、長いこと近視は遺伝性の疾患と考えられてきました。しかし、その後の調査では眼精疲労(例えば長時間の読書によって引き起こされる)によって眼が焦点を結ぶ力を失い、遠くにあるものをハッキリ見る能力が失われる可能性が示唆されました。

ところが、通説とされてきたこの見解も近年になって覆されています。2000年頃、眼科医は屋外で過ごす時間の長さが近視の原因に関係している可能性があることに気づき始めました。米国とオーストラリアで個別に実施された最近の2つの研究では、屋外で過ごす時間が短い子どもは太陽光を浴びる機会が少なく、近視になるリスクが大きいことが判明しました。

ルンは「近視の増加に関連する文献は増えていますが、多くの研究は近視の根本原因の特定に苦戦しています。それに、原因たりうる要因との相関性を示すデータも不足しています」と述べています。

ルンとシュミットの2人は当初、目が焦点を結ぶ働きを失う要因はいくつあるのか、どうすればそれらの要因が関係していると明らかにできるのか、この状況を改善するのにどうデータを利用できるか、そしてそのデータはどうやって集めれば良いのかという疑問について考えました。

ルンとシュミットが開発した、光の影響と眼球運動を測定できるスマートグラス

同じころ、2人は2016年にノバルティスが設立したFreeNovationというリサーチプラットフォームの事を知ります。FreeNovationはノバルティス・リサーチ・ファウンデーションが18か月にわたり資金を提供し、スイスの若い研究者に対して、誰も挑戦しないような画期的なアイディアに取り組める機会を提供するものです。

型破りなアイディアを実現するために

スイスでは研究開発費用として毎年160億スイスフラン(約1.86兆円)が投じられています。しかし、具体的な成果を出さなければならないというプレッシャーから、型破りなアイディアに投じられる資金は限られています。

ノバルティスでFreeNovationプログラムを統括するハンス・ウィドマーは「スイスには特にバイオサイエンス領域で強力な教育と研究のネットワークがあります。しかし、極めて独創的ではあるものの、成功する確率が不明なために資金を得るのが難しい、といった草の根プロジェクトに投資することも必要なのです」と述べています。

ルンとシュミットは、自分たちのような研究者が他とは違った科学的なアイディアを追求するためには、FreeNovationが理想的な方法だと気付きました。ルンは「現代の照明や視覚的環境に対して目がどう反応するかについての定量的データが必要だという事は早い段階で分かっていました。そのためハイキングの途中で、スマートグラスのコンセプトを思いついたのです。未だかつて存在しなかった物です」と振り返ります。

ルンとシュミットが思い描いたのはセンサーを搭載したメガネで、眼球の動きを測定し周囲の環境を感知できる機能を持ちあわせています。データはリアルタイムで集められ、ソフトウェアによって処理され、何が近視を引き起こしているかについて新たな気づきを与え、近視急増をストップさせる新しいソリューションへ道を開くものとなります。

データ収集

アイディアをまとめた2人は、FreeNovationの審査委員に概要を提出し、最終的にプログラム参加者として選ばれました。研究資金を得て18か月間このプロジェクトに取り組むチャンスを手にしたのです。

シュミットは「助成金がもらえるとは思っていませんでした。でも、チャンスを与えられた後は全力で取り組みました」と振り返ります。

最初はマーケティング調査で一般的に用いられるアイトラッカーを使いました。消費者が雑誌を読む時やショーウィンドウを見ている時の眼球運動を測定するものです。2人はこれに周囲の明かりを測定するセンサーを取り付けました。更に、眼球運動と照明や視覚環境に対する目の反応の関係を特定するソフトウェアを作りました。

プロジェクトを開始して間もなく、2人はスマートグラスの最初のプロトタイプを開発しました。かさばってはいますが、特別なセンサーを通じてデータを集めることができるハイテクなメガネです。これを使って、世界有数の眼科病院である英ムーアフィールド眼科病院の眼科医、ピーター・マロカ氏と協働し成人ボランティアへの試験を実施しました。

引き続いて行われたパイロット研究の一環として、視力の良い被験者と近視の被験者合わせて15名に1時間ばかり、メガネをかけて歩いたり、読書したり、遠くを見たりしてもらいました。結果は期待できるものでした。ルンによると「概ね、ほとんどの測定で許容精度内の結果を集めることができました。光度、瞳孔の大きさ、瞬きの頻度などです」という結果でした。

しかしながら、被験者が見ている距離については正確に測定できていない事が分かりました。この問題に対応するためレーザー距離センサーでメガネを改良し、はるかに正確な距離を測ることができるようになりました。

今後の取組み

次のステップとして、2人は改良したメガネを香港で幼児を対象に試験する計画を立てています。資金の一部は既に確保できていますが、全ての試験を実施するための追加資金の確保に向けて活動しています。

シュミットは「FreeNovationのお陰でここまで来ることができました。何百万人に影響を与える重要な医療分野の問題に取り組む機会を得られたのですから。このプロジェクトのチームメンバーとしても、子どもを持つ親としても、私達2人は時間と共に成長してきましたが、さらに次のレベルに引き上げられるよう願っています」と語っています。

「近視の増加に関する文献は増えていますが、多くの研究は近視の根本原因の特定に苦戦しています。」

ヴァネッサ・ルン

バーゼル出身の2人の物理学者が#近視をより良く理解するため協力して取り組んでいます。

ノバルティスFreeNovationプログラム

ノバルティスはスイスの科学者による型破りな研究アイディアの追求を支援するため2016年にFreeNovationを設立しました。これまで39の調査チームがデジタルヘルス、糖鎖生物学、再生医療など困難な分野の挑戦に取り組んでいます。

本文はwww.novartis.comから翻訳したものです。

原文:https://www.novartis.com/stories/investigating-myopia-mystery