ジカウイルスの脳への感染経路

既知の受容体とは別の侵入経路

Jul 10, 2018

世界中で、ジカウイルスに感染した母親から小頭症などの脳障害を持つ子供が多く生まれています。これは胎児が発達する過程で、ニューロンの生成と脳の形成に主要な役割を果たす細胞をウイルスが攻撃するためです。これらの細胞は神経前駆細胞(neural progenitor cell:NPC)と呼ばれ、従来の研究ではウイルスが細胞表面にあるAXLという特定のタンパク質と結合することで、細胞に侵入するとされてきました。しかし、Harvard StemCell Institute(HSCI)とノバルティスバイオメディカル研究所(NIBR)の研究者は、NPCへの感染経路はこれだけではないことを明らかにしました。ウイルス侵入の主な媒体と考えられてきたAXLが生成されない場合でも、ウイルスがNPCに感染することを示したのです。

HSCIの主任研究員およびハーバード大学教授で、論文の共同責任著者としてこの研究結果をCell Stem Cell に発表したケビン・エガン(Kevin Eggan)氏は「ノバルティスの発見により、ジカウイルスがどのようにこれらの細胞に侵入するのか研究し続ける必要性を示したことが、この分野の研究を見直すきっかけとなりました」と語っています。従来の研究では、AXL受容体タンパク質の発現を阻止することでウイルスの侵入を防げると考えられており、AXLがNPCの表面に高度に発現することから、このタンパク質が発達中の脳におけるウイルスの侵入地点とする仮説を立て、その検証に取り組んできたのです。しかし、NIBRの研究者で、論文の共同第一著者であるマックス・サリック(Max Salick)は「ノバルティスは、AXLを欠損させたマウスのNPCは感染しないと考えていましたが、これらのNPCも正常細胞と同様に感染することがわかりました」と説明します。

「オルガノイド」とiPS細胞の技術を活用

研究者たちはまず、AXLを欠損させたヒトNPCの2次元培養細胞をジカウイルスに暴露させ、次に同様のNPCが含まれる3次元の小型の脳「オルガノイド」にも同じ実験を行いました。その結果、どちらの場合においても明らかな感染が認められました。NIBRの上級研究者で論文の共同責任著者のAjamete Kaykasは「オルガノイドが、発達初期に発現する小頭症やそのほかの症状の研究に適したモデルであり、際立った結果が出ることはわかっていました。最初の数カ月で、正常な脳の発達を見事に再現しました」と語ります。脳組織を傷付けずにヒトNPCのサンプルを入手することはできないため、実験室での研究は困難でしたが、現在はiPS細胞技術の進歩で、ヒトの組織もシャーレで作り出せるようになりました。研究チームはヒトiPS細胞を作製し、その後、ゲノム編集技術を用いてAXL発現を欠損させた上で、ヒトNPCへと分化させて実験を行いました。

産学協同で研究スピードを加速

ハーバード大学とNIBRの共同研究者たちは、研究結果を発表するわずか6 カ月前、2016年4 月中旬からジカウイルスの研究を始めました。この驚異的な研究スピードは、ジカウイルスが世界70以上の国や地域に拡散した緊急課題であることを反映しています2。エガン氏の研究室は、運動ニューロンと精神疾患のNPCを研究する細胞培養システムをすでに開発しており、一方NIBRの研究チームは、結節性硬化症やその他の遺伝性神経障害の研究で、脳のオルガノイドを作っていました。研究者たちは、ジカウイルス感染の可能性があるほかの受容体タンパク質の研究も進めており、ジカウイルスを抑え込むワクチンや薬剤の開発に役立つと期待しています。