「自宅にあった古い家庭の医学書を読むと、記述されている内容は悲惨なことばかり。相当落ち込んだ記憶があります」
田村英人さんは今から14年前、血液細胞のもととなる造血幹細胞に異常が起こり、がん化した血液細胞が無制限に増殖する血液のがん「慢性骨髄性白血病(CML)」と診断された当時のことをそう振り返りました。
白血病という言葉を聞くと、一般の人は死を連想しがちです。かつては、CMLと診断されてから10年後の生存率は3割に満たないものでした1。今もCMLが生命に関わる病気であることに変わりありませんが、新たな治療薬の登場などで現在では10年後の生存率が約9割にまで劇的に改善2しています。
今やCML患者さんが向き合うべきものは「死」から「病気との付き合い方」に変化しています。
CMLの情報を入手するということ
田村さんは医学書を読んだ時のことを「病気の概要を知ることはできても、病気との付き合い方についての情報はなかった」と語ります。CMLと診断された直後、多くの患者さんが最初に直面するのは、治療法や治療を続けながらの生活の仕方などの情報入手の問題です。主治医からもこうした情報は得られますが、より広く情報を入手して知っておきたいと多くの患者さんが考えるものです。
介護施設で栄養士として働く稲葉恵美さんが、最初に頼った情報源はインターネットでした。
「まず考えたのはどの医療機関でCMLの治療をするのがベストかということ。骨髄移植も視野に入れなければならないので、移植の実施件数や設備が整っている医療機関がどこにあるかを調べました」
一方、CMLの治療を続けながら、医療従事者として調剤薬局で働いている土屋加寿美さんも「当初はCMLで闘病している人の様子を知りたいと思い、インターネットで他のCML患者さんのブログを探して読みあさりました」と語りました。
患者という立場に置かれると、「他の患者さんはどのような治療をしているのだろう?」、「自分が経験している副作用を他の患者さんも経験しているだろうか?」など気になることは数多くあります。また、長期にわたるCML治療にかかる経済的負担をいかにして軽減できるのかなど、より生活に密着した情報も必要になります。
しかし、発症頻度が10万人に1人3と少なく、外来治療が中心であるCMLでは、患者同士が接する場が少ないのが現状です。このため田村さんの場合は、自らCML患者・家族の会「いずみの会」を発足させ、患者同士をつなぐ活動も行っています。
主治医との日常
多くの患者さんに光明をもたらした治療の進歩は、主治医と二人三脚で、長期にわたって治療を継続していくということも意味します。
そして治療が一筋縄でいかない場合もあります。土屋さんの場合は、最初の薬の効果が薄かったため、次に臨床試験に参加したものの、その薬も副作用のため中止を余儀なくされました。もはや骨髄移植しか選択肢はないと思っていた矢先、別のCMLの新薬が承認され、その薬が幸いにも有効だったという紆余曲折をたどりました。
その中では治療や副作用のことなどを気軽に相談しやすく、患者目線で親身に接してくれる信頼できる主治医との出会いも、円滑な治療継続に欠かせなかったといいます。
「治療に関する質問や相談はもちろん、妊娠についての相談など、主治医とはなんでも自然に話せる良好な関係を築けています」
一方、山岡良子さん(仮名)は、息子さんが中学2年生の時にCMLと診断を受けました。受診には原則、山岡さんが付き添いますが、時には息子さんが1人で病院に向かうこともあります。その際は息子さんと主治医に伝えるべき最近の状況を確認しつつ、山岡さんからも予め同じ内容を主治医にメールで伝えています。
「主治医からは『息子さんは、・・・のことをちゃんとお話してくれましたよ』などと、メールで報告をいただいています」
仕事を続けさせてくれた同僚たち
CMLも含め、がん治療を受けながら、日常生活を送るうえで課題となっているのが就労問題です。現在、日本国内のがん患者の3人に1人が就労可能な年齢で罹患するという現実があるからです4。
土屋さんの場合、診断直後に仕事は絶対やめないと決意しました。
「がん患者が新たな職場に正社員で入社できると思えず、今の勤務先にとどまるしかないと思ったからです。CMLであることは同僚などに伝えましたが、幸いそれ以降もほとんど普段と変わらない態度で接してくれました」
稲葉さんの場合は当初、職場の上司の中には肩たたき(退職勧奨)する人もいたそうですが、「一番辛い時期に『昼休みだから、そっちで横になっていたら』、『残業はほどほどに早く帰った方が良いよ』と声をかけてくれた同僚の支えで仕事を続けることができました」と経験を語ってくれました。
症状が治まっているときは、見た目が他の健康な人と変らないため、周囲も稲葉さんがCML患者であるとの意識が希薄になり、徐々に業務量も増えていきました。治療がうまくいっていても、倦怠感が出やすいなどのCMLに伴う症状が出現することはしばしばあります。
自分の体調と相談しながら、業務量を調節するためにも、稲葉さんは「定期的な上司との面談は必要だと思います」と自身の経験から語っています。
しかし、稲葉さんや土屋さんと違い、CML患者さんの中には確定診断に絶望して離職する人もいます。「いずみの会」を立ち上げた田村さんも「がん専門病院などにある医療(患者)相談室に行けば就労の相談もできるのに、そこにたどり着けない患者さんもいます。患者同士の横のつながりが広がり、そのような不幸な事例がなくなることが私の願いです」と語ります。
また、山岡さんは次のように語ります。
「今のままでは息子は生命保険にすら加入できず、無事社会人になり、医療費を負担していけるだろうかという不安が常にあります。こうした不安が解消される世の中になってくれればと願わずにはいられません」
CMLの長期の療養を語った4人の皆さんたちの周囲には、主治医、同僚、患者仲間、家族といった支えとなる人々がいます。CMLとともに生きる患者さんにとって、この周囲との良好なコミュニケーションが長期にわたる治療の支えとなっているのです。
慢性骨髄性白血病の疾患サイト CMLステーションhttp://cmlstation.com/
CML患者・家族の会「いずみの会」http://www7b.biglobe.ne.jp/~izumi-cml