その日もまた、スイス・シュテインのノバルティスCell & Geneチームにとって大変な一日でした。しかし、それは3月中旬に予想外に悪化した悪天候によるものではありませんでした。チームメンバーはそれまでの数週間、数ヵ月と同じように、8時間にわたり集中的な研修を受けました。これは、新しい仕事において完璧に毎日行えるようになることが直ぐに求められる無数のステップを組み込むためのものです。
二人一組で、一人が仲間の一挙手一投足を確認しながら、あるいはコーチの監督のもと、チームメンバー全員が目の前のタスクに完全に集中し、それぞれがその重大性を強く意識していました。数ヵ月後には予行演習が終了し、スイスのバーゼルからおよそ30キロ離れたこの新しいCell & Gene施設に病院から患者さんの最初の血液サンプルが到着することを全員が知っていました。患者さんのT細胞(白血球の一種)の遺伝子組み換えを行い、この細胞ががんを探し出せるようにする役割を担っていました。間違いの余地はありません。ためらう余地もありません。
Bjoern Ginerは、まさに最初のバッチが到着するというときに必然的に高まるであろう緊張感を知り尽くしています。彼はこの数年間、ノバルティスが最初の産業用のCell&Gene施設を建設したニュージャージー州モリス・プレインズで働いており、CAR-Tとしてよく知られるキメラ抗原受容体T細胞療法を初めて実施したチームの一員であったことを今も鮮明に覚えています。
「私は以前、創薬に携わっていたのですが、それは患者さんからは遠い仕事です。しかし、米国のCell&Geneユニットに異動したことで、完全に変化しました」 と、Ginerは説明しています。「最初のバッチを扱ったとき、緊張と興奮を同時に感じました。医学者としてのキャリアにおいて、一人の患者さんをこれほど身近に感じたことはありませんでした。私たちが行ったすべてのステップが、患者さんの命に直結していました。それは全く違う種類の仕事でした」
「医学者としてのキャリアにおいて、一人の患者さんをこれほど身近に感じたことはありませんでした。私たちが行ったすべてのステップが、患者さんの命に直結していました」
Bjoern Giner、Cell&Geneプロセスエキスパート及び技術トレーナー
最初のバッチ以降、Ginerは数百ものCAR-T療法に取り組んできました。現場での長い経験から、彼は現在、シュテインでコーチとして、複雑な生産プロセスの技術面について新入社員を教育役割を担っています。コーチとして、長い手順、全体としては1000ページにも及ぶマニュアルの各段階を説明しなければなりません。
Ginerは、病院から到着した血液検体の解凍や洗浄の方法、及び磁気ビーズを利用してT細胞を抽出し、ウイルスベクター(癌を死滅させる遺伝子を細胞内に運ぶツール)を用いて遺伝子改変する方法を飽きもせず繰り返します。T細胞にウイルスベクターを導入し、その後ベクターを洗い流して、改変されたT細胞をバイオリアクターに入れて、患者さんががんと闘うのに十分な数だけ成長させる方法を何度も説明します。
Ginerは手の動きひとつひとつが重要であること知っています。しかし、それ以上に重要なのは、この技術を扱うのが初めての人が多い同僚たちに、自分はこの仕事をやっていけるのだという自信を持たせることです。
「(彼は)Cell & Geneプロセスの専門家だからというだけでなく、素晴らしいコーチです」 と、細胞処理スペシャリストとしてトレーニングを受けているDrazen Jovicは述べています。「彼が素晴らしい教師である理由は、穏やかで思いやりのある人柄によって、私たちがそのプロセスを受け入れ、自分自身を成長させ、専門家になるための余地を与えてくれるところです」 。
Jovicは、他の2人の同僚、Melanie AxmannとSven Panakkaparambilと同様に、遺伝子技術の分野では新参者で、以前はスイスのシュバイザーハレで化学薬品のオペレーターとして働いていました。「私は昨年夏、ノバルティスがシュテインに新しいCell&Gene施設を建設すると発表したとニュースで耳にしました。私はそのテクノロジーについてよく分かっておらず、その機会を捉えるかどうか決める前に、このトピックについて調べることにしました」と彼は述べています。
Jovicは研修に先立ち、ピペットやその他の遺伝子技術ハードウェアを使った作業における器用さ、英語のスキルプレッシャーの中でも落ち着いて集中できる能力を評価するための志望者向け適性試験に合格しました。
ここでのワークフローは、従来の化学物質や固形錠剤の製造とは根本的に異なります。作業エリアと製造エリアは、安全基準と無菌基準に従って区分されており、各ゾーンでは、関係者が専用のギアを着用する必要があります。
作業者各ゾーンごとに異なる保護具を着用しますが、その着用には数分かかるため、短い休憩も現実的ではなく、何時間も指定の作業場に滞在しなければなりません。ユニットの技術トレーナーのWolfgang Schickは次のように述べています。「それは簡単なことではありません。緊急時を除き、安全区域から出るには時間がかかるため、他の仕事のように簡単に場所を変えることができません」
厳しい複雑な労働条件にもかかわらず、チームメンバーはこの挑戦に意欲的であると述べています。Cell&Gene施設の品質保証チームで働くPanakkaparambilは次のように述べています。「これはエキサイティングな時間です。私たちはある種、技術的なフロントランナーであり、私たち全員が非常に意欲的に仕事に取り組んでいます。皆が知っていますが、このチームの一員になることは大きなチャンスであり、私たちの多くがこの先駆的なプロジェクトに参加していることを非常に誇りに思っています」
もちろん、Cell&Geneチームのメンバー全員はCAR-T治療に伴う困難やリスクを十分に認識しています。しかし誰もあきらめていません。「私は怖くありません」と、Jovicは言います。「私たちを待ち受けることに多大な敬意を抱いています。私たちは最善の方法で訓練を受けており、最初の血液バッチが到着したら、私たちは任務を遂行し、患者さん一人ひとりががんと闘うのを助けることができると感じています。
Ginerは納得したように頷きます。予期せぬ事態が発生するかもしれないことは知っています。しかし、そのような状況では誰もがさらに努力することも分かっています。「これは患者さんの命を助けるということです。これほど意欲を高め、充実させることはないでしょう。誰もが同じように感じていると思います」