がんで知った、"キレイ"の力

がんで知った、

がんで知った、"キレイ"の力


美容ジャーナリストの山崎多賀子さんは、本業の傍ら、病院や患者会でがん患者さんを対象に、"キレイの力"を伝える活動を行っている。
患者さんを対象にしたメイクアップセミナーでは、抗がん剤治療で外見はどう変わるのか、眉やまつ毛の脱毛、肌のくすみ、乾燥をどうやったらメイクでカバーできるのか、デモンストレーションも交えて説明する。最初はうつむき加減で自信がなさそうにしていた参加者――とくに抗がん剤治療中、あるいは治療前後の患者さん――は、メイクで外見が変わると、表情が出てきて、次第にあごの角度が上がり、隣の人と会話が弾むようになり、満面の笑みで帰っていくという。同席していた看護師や主治医が「この人はもともと明るい人だったんだね!」「彼女の笑顔を初めて見ました」と、驚くこともしばしばある。
「いい表情って自分に自信がないと出てこないんだなと、つくづく思います」と、山崎さんは言う。 メイクなどの「装う力」を味方にし、外見に自信が持てれば、生活も変わる。病院と近所のスーパーしか出かけなかった人が、偶然参加したセミナーでメイクを知り、娘さんとショッピングに行くようになり、息子さんの卒業式、入学式にも出られたということも。 「その方は亡くなってしまいましたが、闘病中も外出して自分らしく過ごせた人生と、ずっと家にこもっていた人生だったら、どちらが楽しかっただろうと考えると、ご本人にとってもご家族にとっても、外にも出かけて明るく自分らしく過ごせたことは良かったんじゃないかなと思うんです。」

化粧品会社から出版社に転職し、女性誌の美容ページを担当することになり、いつのまにか"美容"が自分の武器になって、フリーランスになってからも美容ジャーナリストとして活躍してきた山崎さん。ところが、「キレイになりたい読者のために情報を伝えるのが仕事で、私自身は外見を着飾ることにそんなに興味はなかったんです」と、実は、もともと美容にすごく興味があったわけではない。 ただ、「自分ががんになってから、そしてがん患者さんのサポートをするようになってから、『美容の力ってすごい!』と気づきました。」

治療前よりキレイになれる

治療前よりキレイになれる


山崎さんが乳がんと診断されたのは、44歳のとき。美容ジャーナリストとして忙しく働いているなか、10年以上ぶりに受けた婦人科の女性健診で見つかった。超早期で100%近く完治するけれど、病巣が広いため、乳房温存は難しい――。それが医者の見立てだった。
診断された時は、頭が真っ白になり、これからのことを思うと涙が流れた。
「でも、確かにがんは人生の大ピンチだけれど、よくよく考えると今は『2人に1人ががんになる』と言われている。私だけの特別なピンチではない、普通のことなんだ。そう思って、だったら明るくいこうと思ったんです」
そこから、山崎さんの「治すならキレイに」が始まった。

「まずは、胸をとるなら、キレイに取り戻したいと思いました」と山崎さん。「この人はおしゃれに人一倍気を配る人なんだ」と医師に思ってもらうため、入院前に、おしゃれなショートカットにして、まつ毛パーマもかけた。「医師に『きれいに縫ってくださいね!』ってさんざん言ったら、『大丈夫。皆さんと同じように綺麗に縫いますから』って言われました(笑)」。

次に、キレイの力を意識したのは、抗がん剤治療が始まってからだ。
治療のゴールだと思っていた手術が無事に終わり、順調に回復してきた頃、病理検査で浸潤箇所が多数見つかり、抗がん剤治療とホルモン療法を勧められた。悩んだ末に受けた抗がん剤治療は、趣味のバレーボールを「ぼちぼちと」なら続けることもでき、体力を大きく奪うわけではなかったが、それでも髪の毛が抜け、眉毛とまつ毛が抜け、肌もくすみ…と、顔の変化は免れなかった。
「眉毛もまつ毛も抜けて、肌も黒くなると、性別も年代もよくわからなくなるんです。『私は何者なんだろう?』と自分でも不思議に思えました」

治療前よりキレイになれる
イラスト/Asami Kanaya

 そこで取り出したのが、メイク道具。肌のくすみを色つきの下地で隠し、眉を描き、まつ毛が抜けて弱々しく見える目にアイラインを引き、明るいチークを入れ、リップで唇に艶を出す。ほんの10分程度のメイクだったが、ウィッグをかぶり化粧をして仕事に出かけると、病気のことを知らない仕事仲間が、「あれ? やまちゃん、最近キレイになった?」。その一言が、山崎さんにとってとても大きな自信になった。

おしゃれは心と生活を立て直す道具

おしゃれは心と生活を立て直す道具


「治療中は自分のことで必死だったけれど、今振り返ると、私が元気に見えることで、周りの人も安心していたように思います。疲れた顔をしていると、周りがすごく心配して、声をかけづらかったり、話しかけても気遣うような言葉ばかりだったり。でも私がメイクをしてキレイにしていると、『元気そうじゃん』って安心する。元気に見えることはご家族や周囲の方のためにもなるかもしれませんね」

「化ける」「粧う(よそおう)」と書く化粧は、"社会的行為"と言われることがある。よそおうことで、外に出て人と関わる自信を取り戻す、周りに安心感を与える、社会生活を営める――。そんな効果に、社会も医療界も次第に気づき始めているという。

「以前は『がん患者さんに美容って?そんなことよりまず命でしょ』という風潮があったと思います。今はがん患者が長く生きられるようになりましたが、治療も長く、治療後の生活も長い。"命が助かったらOK"ではなく、治療をしながら社会生活も続けるのが普通になって、医療者も、患者のプライベートのQOLに目を向けるようになってきました」
特に女性にとって、外見が自分のアイデンティティに与える影響は大きい。メイクののりが悪かったり、顔がむくんでいると気分が晴れないということは、健康な人にだってよくあること。自分の外見に自信がないと、明るく前向きにはなりにくい。それは、病気との向き合い方、治療に対する姿勢にも影響を与える。
「メイクをすると、今度はファッションにも気を遣うようになる。そして外見が変わると、医師とのコミュニケーションもちゃんととるようになって、治療にも積極的になれるみたいです。『おしゃれをする人は長い治療を途中で中断することなく、きちんと続ける傾向があるね』と、私の主治医の先生がおっしゃっていました」

おしゃれは心と生活を立て直す道具

もちろん、がん患者さん全員が、外見の問題が大きなストレスになるわけではないだろう。でも、もしも、心が落ち込む理由の一つになっているのだとしたら、「よそおい方」を知っていることは、悩みを一つ減らしてくれる。
「心を立て直すってすごく難しいもの。でも、外見に自信がもてると、嬉しくて、ひょこんと心が上を向くことってあるんです。少なくとも私の場合はそうでした。そして脱毛中、『装う力』は社会の目から自分を守る鎧でもありました」 

キャンサーギフトをもらった

キャンサーギフトをもらった


ポイントを押さえてメイクをすれば元気な顔を取り戻せる。むしろ、健康だった時よりも元気に見えるかもしれない――。山崎さん自身が助けられた"キレイの力"を、知りたい人がいたら伝えよう、困っている人がいれば教えてあげたい。そう考えて、女性誌の連載で、自らの体験と医療者への取材、役立つ情報を発信したところ、がん患者さんをサポートするNPOから「患者さん向けに話をしてほしい」という依頼が舞い込んだ。
今では、病院や患者会などでがん患者や医療者を対象に講演やメイクアップセミナーを行ったり、雑誌で「キレイ塾」という連載を執筆したり、がんに関するムック本の執筆を手掛けたり、美容ジャーナリストという本業以上に、がん患者さんのサポートに関する仕事が増えている。また仕事以外でも、乳がん患者仲間と、女性の乳房と健康を守る応援団「マンマチアー委員会」を立ち上げ、月に1度、"チアー活動"と称して、がん治療や女性の健康に関するセミナーを行っている。

キャンサーギフトをもらった
自分らしくいるために 楽しいこと、したいことをあきらめない!

「人生は、がんになっても続いていく」。そう山崎さんは話す。がんになって、運動能力や記憶力など、以前に比べて損なわれたものは確かにある。
「治療をしながら加齢もしているのだから、治療が終わったからと言って病気になる前の自分に戻ることはあり得ません。でも、すべてをなくしたわけではないし、昔は興味を持たなかったことに興味を持つようになるかもしれない。今の自分にふさわしいことに目を向けた方が絶対に楽しいし、絶対に楽です」

病気にならずに、美容ジャーナリストの仕事を続けていたら――? 「もしかしたら途中で擦り切れたか、飽きちゃっていたかもしれませんね」と笑う。
がんを経験したからこそ、「キレイでいることが人の気持ちを明るくし、笑顔にし、人生も明るくしてくれるということ。周りの人にもいい影響を与えて、社会を明るくするんだ!」ということを知った。そして、困っている人にキレイを取り戻す方法を伝えられるということに気づいた。

「人の役に立てることが自分にできるって、嬉しいことでしょう?私にとってこれが"キャンサーギフト"かもしれません」

(2013年11月)